50代からの終活|私が「事前指示書」を書いた理由。義兄の延命治療から学んだこと

昨日、ウチの猫のミカンさんが昼寝中に3階ベッドルームに閉じ込められていたのに気づかず半日。「にゃあ!!!!(ちょっと開けて―!)」という大きな鳴き声に慌ててドアを開けてみると、羽毛布団の上に粗相が。
ミカンさんはしばらくギャアギャア怒っていました。閉じ込められて、トイレにも行けず、自分の意思が届かない。その「不如意(思い通りにならない)」な状況に、よほど腹が立ったのでしょう。
「ゴメンゴメン」と謝り後始末をしながら、ふと考えました。 もしこれが、私自身の人生の最期だったら?
自分の意思を伝えられず、自分ではどうにもできない「不如意」な状態になったとき。私は、そして私の家族はどうなるのだろうか。
今回は、以前友人から詳しく聞かれた『事前指示書』について書きたいと思います。少し重い内容ですが、私が50代でこれを作成したのには、ある忘れられない経験がありました。

きっかけは、義兄が突然倒れたあの日
厚生労働省が薦める「人生会議(アドバンス・ケア・プランニング)」をご存知でしょうか? 「もしもの時のために、望む医療やケアについて前もって考え、家族と話し合っておこう」という取り組みです。

その中でも、より具体的な意思表示が『事前指示書』。事故や病気で判断力を失った場合に備え、延命治療の有無などの希望を文書に残しておくものです。
私がこの書類を準備し、家族全員で確認・署名捺印したのには、5年前の義兄の出来事がきっかけでした。
10代の甥っ子が叫んだ「止めないでください!」
義兄は、夕方の満員電車の中で突然心筋梗塞を起こしました。病院に搬送された時はすでに意識不明。

1か月後、医師から告げられたのは「自発呼吸もできず、回復の見込みはない。人工呼吸器を外すかどうか、家族で判断してほしい」という過酷な二択でした。
義母や義姉が言葉を失う中、声を上げたのは甥っ子でした。 「いや、まだ心臓が動いているなら死んでないでしょう?機械を止めないでください!」その瞬間、人工呼吸器を外すという選択肢は消えました。
その後、義兄は郊外に転院し、人工呼吸器と胃ろうチューブに繋がれて3年半。いちども意識が戻らないまま、最後は臓器不全で静かに息を引き取りました。
家族に「死の判断」を委ねるというプレッシャー
この3年半は家族にとって長い月日でした。収入は途絶え、生活費、入院の費用はかさみ、反応のない見舞いもやがて回数が減る。いつまで続くともわからない重苦しい日々。
お葬式の時、親族の間にどこか「やっと終わった、これで前に進める」という安堵の空気が流れたのを覚えています。

私はずっと考えていました。 義兄は、本当はどうして欲しかったのだろう? そして、自分の父親の「死」を決断させられた甥っ子の心の傷は、どれほどのものだっただろうか。
「家族に判断を任せる」というのは、一見優しそうに聞こえます。でも実際は、残された側に一生消えないほどの精神的プレッシャーを背負わせることになるのです。
もし私が同じ立場になったら? プレッシャーに弱い夫や、心優しい息子に、そんな残酷な決断をさせたくない。
自分の最期をどう迎えるか、あらかじめ自分で考えて決めておくこと。
そして、家族が迷ったり苦しんだりしなくて済むようにしておくこと。
そのために、私は「事前指示書」を作ることにしました。
私が選んだ『事前指示書』のカタチ
事前指示書のフォームを準備
ネット上で『事前指示書』と検索するとたくさんのサイトがあり、説明文とフォーマットが表示されますが、どれを選んでもだいだい同じ内容です。ただ、最近はとても簡略化されています。
これは私が5年前から使っているフォームです。
- QOLの限界の場合は緩和以外の延命処置はしないで。(点滴、胃ろう、胃チューブ、生命維持装置、人工心肺、心肺蘇生、気管切開など)
- もし生命維持装置などを付けてしまった場合も好転しないなら取り外して。
- 終末期では異変があっても救急車を呼ばないで。


※もしこちらがよければお使いください。
家族に説明して署名してもらう
次に、作成した事前指示書を家族に見せて、署名してもらいました。
私の思いや事前指示書の意味について息子とは何度となく話し合っていたので、すぐに理解して署名に協力してくれました。死生観の話を嫌がる夫でさえも、義兄の件があったからか最後にはしっかりと署名捺印してくれました。
24時間「スマホ」で持ち歩く
紙の書類は、緊急時にすぐ取り出せるとは限りません。そこで私は、署名済みの書類をスマホで撮影し、自分と息子のスマホに入れて常に持ち歩いています。
いつ、どこで何が起きても、私の意思が伝えられるようにするための、デジタル分散保管です。
まとめ:これも大切な「終」のひとつ
「誰にでもいつかはやってくる場面」だからこそ、元気なうちに準備しておく。 これも、残される家族が迷わず、苦しまず、前を向いて生きていくための大切な「終活」のひとつです。
ミカンさんの粗相の後始末は大変でしたが、おかげで改めて「家族への思い」を再確認することができました。ミカンさん今日はゴメンね。

(50代からの終活|記事まとめ)
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